富岡幸一郎氏 自分も含め、隔月刊のオピニオン誌『表現者』に関わっている西部邁氏、西村幸祐氏、杉原志啓氏で「三島思想」について語ろうと思う。
三島は自決直前に東武百貨店で三島由紀夫展をやり、そこで自身の行いを「書物の河」、「舞台の河」、「肉体の河」、「行動の河」の4つとし、それらが自決に至る流れを形成した。
それに従い、三年前は村松英子氏による『薔薇と海賊』の予告上演を、一昨年は井尻千男氏が「武士道のかなしみ」を、昨年は西尾幹二氏が自著『三島由紀夫の死と私』をもとに三島文学について語った。
今年は三島思想について語り合いたい。自分は、三島が自決した当時、中学一年生だったが、あの三島の自決が無ければ自分はここにいない。
西部邁氏 小生は、19、20、21歳と左翼過激派で、22歳で左翼は自分に合わないと思い、その後の二十代は無頼の生活をし、31歳で大学に職を得た。その時にアルバイトをしていた日経新聞の研究所で三島の自決したことを知った。その瞬間、背筋にスッーと寒いものが走った感覚を今でもしっかり憶えている。それはあたかも神主が魂を遷すときに発する、「オー」という警ひつのような感じだった。
それから49歳になるまでの18年間、大学で認識が欠伸をするような社会科学系の仕事をしていたが、その欠伸を押し殺せなくなった。そのときに五、六十枚の三島論を書いた。三島批判ではなく三島のことが分かりたくて『文化防衛論』や『太陽と鉄』について書いた。それ以来折に触れて三島について考えてきた。結論的には三島は文の上では成功していない。けっして批判ではなく、文の世界をぎりぎりまで追っていないように感じている。
自分の死の哲学を課題として、自分なりにこれを追い、考えていて、このことが今70歳になって、31歳、49歳の時よりもかなり分かってきたと思う。
受験勉強を放棄して浪人生活
西村幸祐氏 ちょうど39年前の今日、私は18歳で大学浪人中だった。代々木ゼミナールの漢文の授業の教師が教室に入るなり、いきなり「三島先生が割腹なさいました」と言って、騒然となった。三島作品は中学生の時から読み、三島の書いた思想書、評論だけが信じられる高校時代を送っていた。
自決の後一切の受験勉強を放棄して二浪し、三島とニーチェを読み耽っていた。39年経ってもまだ三島は死んでいなくて、つくづく「現在の三島」が出てきても不思議ではない状況だと思う。
「歴史」はその瞬間、同時代、同時期に体験を共有した者同士でなければ絶対に分からない。「歴史の事実」は伝わらないとつくづく思う。TBSラジオのアナウンサーは、自決した日の夕方のニュースで『檄文』を全文読みあげていた。
それを聴いて、私は涙が出た。マスコミに良識があったそんな時代の空気は絶対に伝わらない。私は、翌日小雨の中を、頭の中で住所を暗記していた南馬込4−32−8の三島邸に駆けつけていた。
三島が提示したものは、政治と文学、生と死というような二元論の、近代的な思惟により規定された我々の考え方をすべてぶち壊すものだ。文学的、政治的な次元で論じられるものではない。
三島はビートルズ論も書いた!
杉原志啓氏 私の本の半数近くは音楽関係で、ポップ、ロック方面の評論を書きまくっていた。CDのライナーノーツも書いている。私がはじめて読んだ三島の文章はビートルズについての音楽評論だった。
1966年ビートルズが来日し、その時に三島は武道館の公演に行っている。私は当時サブカルチャー系の雑誌ばかり読んでいて、たまたま床屋で読んだ『女性自身』に三島はこんなふうに書いている。
「自分は武道館でビートルズのライブステージを一切観ておらず、ひたすら周囲の観衆ばかりを見ていた。少女は産室で産声をたてるように泣きじゃくって腰が立たないでいる。なぜ興奮しているのか不気味な感動があった。自分は感銘も興奮もなく、痛切な不気味さに驚かされた。こんなサブカルの音楽に泣くほどのことが一つもないことを自分はよく知っている。虚像というものは恐ろしい。」
三島はビートルズのことを「虚像」だと言っているが、当時三島は「平凡パンチ」や「週刊プレイボーイ」などのサブカルの雑誌によく出ていた。子供心に三島が選ばれた人、エリートということは分かっていたが、子供の直感で、それにそぐわないパロディをやっている、嫌味なコメディアンみたいなことをやっていると感じていた。
私が山形から東京に出てきていた19歳の浪人時代に三島が死んだ。三島はパロディのまま死んでしまったのだとビックリした。感動感激したのではなく、非常に驚いた。ショックがあった。
村上春樹は『羊をめぐる冒険』の第一章「1970/11/25 水曜日の午後のピクニック」で、三島の死について「僕らにとってどうでもいいこと」とだけ触れている。私はどうでもいいとは思わず、ショックがあった。
あとで三島の代表作を読んだが、ハダハダなものを感じ、自分の感性に合わなかった。しかし自分なりの手掛かりをつかんだ。三島にビートルズのことは分からないが、それでもいいのだ。ビートルズはくだらない、虚像だという大人は、21世紀の今日いないからだ。三島は肌には合わないが敬愛している。
ムラカミハルキの『1Q84』はどうしようもないサブカル小説
富岡幸一郎氏 村上春樹の『1Q84』を読んだがどうしようもない小説で、彼の作品はサブカル、エンターテインメントだから、三島と比較しても意味がない。
さて、三島は『檄文』で死を賭して「あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう」と自衛隊に決起を促したが、39年経ってもまったくその状況は変わらず、シンポジウムのタイトル「現代に蘇る三島思想」にある通り、三島が現代に蘇れば直ちに割腹するだろう。
松本氏の発言通り、ひどい日本の状況、現実が出来している。三島を回顧するだけでなく、この現実認識から出発しなければならない。
西部邁氏 三島はサブカル的なものに興味を示していたが、それを杉原氏のようにサブカルと括ってしまうと三島像が分裂してしまう。
強いて統一することはないが、三島は状況(シチュエーション)を、大義でもいいし、あるいは美についてでもいいが、それらを抽象的にしか語らないでいると、或る種の人工性に認識が欠伸をしてしまい、虚無が生まれてしまうと感じた。そんな否応のない虚無がその水位を増し、そこから一歩でも二歩でも逃れようとすると、現実、つまり状況の中に身を置かざるを得ない。
三島の不幸は、その状況がビートルズに代表されるような大衆社会状況で、それがとめどなく広がっていたことだ。
それはまさに我々が置かれている状況だ。それと確執を演じようとすると、その中にわが身を投じざるを得ない。わが身を投じずに大学の研究室にいたり、書斎で文学を書いていることに肯じえず、状況との接触の果ての果てに、政治という状況が三島の前に拓けていた。
三島のサブカルとの接触や演技も−人間のやることは皆演技という意味において−政治に対する関与である。
楯の会や、佐藤首相や中曽根防衛長官から病気だと言われた三島の振る舞いだが、三島が状況との確執の中で自分に与えられた条件、たとえば楯の会のような集団の言葉のやり取りの中で次々に生じる、半分は不確実で半分は美意識、正義感から大略予想できる確実なもの、その両者のせめぎ合いの中で大衆社会状況を引き受け、その一環として政治をめぐる大衆化状況があったと考えたい。
『檄文』を読んで、富岡氏の言うとおり、自衛隊への三島の気持ちはよく分かる。自衛隊は憲法違反の存在であるのに、とうとう出動のチャンスのないまま、自衛隊は憲法体制の中に暗黙のうちに接収されて、逆に憲法を擁護する軍隊になってしまっているじゃないか。その背後にアメリカと言う巨大な大衆文明が控えていて、自衛隊はその走狗となり果てている。それで軍人足り得るのか。
しかし次のように考えることもできるのではないか。憲法はどうでもいい。自衛隊は憲法と別次元で成立している。憲法を認めるなら自衛隊は認められない。自衛隊を認めるなら憲法は認められないという二者択一を強いられている。小生はそう考える。
硝煙消えやらぬ戦後の混乱期にアメリカ人が起草し、日本人が拙速で訳し、第90回帝国議会で認められただけの憲法の条文に、自分の存在や頭を合わせて行動すること、憲法に合うように自分、家族、企業がその存在を変えるということ、つまりあんな憲法に国家の在り方、人格のあり方まで、まともな歴史感覚を持った国民が左右されるというのは近代主義的誤謬である。あんな成文憲法は二の次三の次で、我々の歴史感覚のもたらす常識なり良識で、自分たちの国防や軍隊をどう迎えいれ、どうつくるかを考えるべきだ。
法律の前に、常識、良識でどうするかを考えるのが決定的に大事だ。その常識をもたらすのは日本の歴史である。そっちの方が大事だ。たかだか憲法という法律の改正より常識の方が大事だ。
『檄文』の気持ちは重々分かるが、論理構成はたいしたことはない。
そこにある思想の論理はたいしたことはない。これは三島批判ではなく、今の日本人が日本の歴史と関係のない憲法ではなく、自分たちの頭の根源根本に、日本語を通じて、自覚するとしないに拘わらず、自分たちの歴史があるなら、そっちの方が日本人の精神意識として決定的に大事だということだ。それを今の日本人は分かっていない。三島が憂えたそのような状況はまったく変わっておらず、悪化するばかりだ。
もうひとつ気になっているのは、三島の「文武両道」についてである。得てして陥りがちな間違いだが、陽明学は、認識と行動・実践は、知行として合一しなければいけないという。文は文としてあり、武はそれから分離されたものとしてあるとし、それら異なったものを両方引き受けるという。こういうふうに「文武両道」を受け容れる人が案外いる。
難解な『太陽と鉄』を読んだが、そこでも精神と体、それら分離したものをどうひっつけるかの話になっている。
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