第35回「憂国忌」の御報告


 三島由紀夫氏追悼「憂国忌」は天候に恵まれ、例年の九段会館で盛大にして静粛に行われ、全国からの愛国者、三島ファンが集った。会場前にほぼ満員。最近とくに若いひとたちの参加が目立つ。

 追悼儀式はまず全員が起立して一分間の黙祷のあと、篠沢秀夫(学習院大学名誉教授)が開会の挨拶、つづいて発起人の献花が行われ、井尻千男(拓殖大学日本文化研究所所長)、藤井厳喜(政治学者)、八木秀次(高崎経済大学助教授)、松本徹(文藝評論家)、玉利斉(ボディビル連盟、三島氏にボディビルを直接教えた)の各氏らが粛々と遺影に献花した。

会場風景

例年のように満員盛況の会場風景。

井川一久氏

熱弁を振るわれる井川一久氏もベトナムから帰国したばかり。

 記念講演は元「朝日ジャーナル」副編集長、サイゴン支局長など戦争ジャーナリストとして十数年、ベトナム、ラオス、カンボジアにあった井川一久氏が「三島と保田與重郎」と題した文学的文明的日本論を展開、とくに「エネルギーを、枯渇する石油石炭ガスにたよる物質文明はいずれ戦争を引き起こし、やがては衰退する。
 日本は自然の独自なエネルギーを発明し、国の在り方として農業を重視し、世界の見本をつくるべきであり、それが保田はイロニーと言ったし、三島や文化防衛論のなかで皇室の重要性を説いた」とされた。

 ひきつづき追悼挨拶では井尻千男、細江英公(写真家)、工藤雪枝(『特攻のレクレイム』の著者)の各氏。とくにイタリアのポンペイへ撮影に行かれ帰国したばかりの細江英公氏は、ナポリの撮影現場で多くのイタリアの芸術家がMISHIMAを評価していた事実を紹介された。
直会
上段左から時計回りに
藤井厳喜、玉利斉、松本徹、田中英道、佐々木俊夫、八木秀次の各氏。


 第二部の直会では最初に『月刊日本』主幹の南丘喜八郎氏が献杯の音頭をとり、ひきつづき藤井厳喜、田中英道(東北大学教授)、八木秀次、玉利斉、松本徹の各氏が演壇に立たれた。

 二日前の福岡憂国忌にも出席した西村真吾代議士秘書の佐々木俊夫氏からは九州での三島記念会の盛況が報告された。会場には堤堯(元『文藝春秋』編集長)、阿羅健一(評論家)、植田剛彦(評論家)、西村幸祐(評論家)氏ら多彩な顔ぶれがあった。

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